ジャイロスコープのルーツ探求

2017年10月20日

 

歴史に鑑みると、ジャイロスコープが初めて誕生したのは今からおよそ200年前のことである。それではそのジャイロスコープが科学玩具として世に出始めたのはいつごろだったろうか? 調べたかぎりでは諸説紛々として判然としないが、通史としてはWikipediaのGyroscopeをあたるとこう記述されている──
 
In 1917, the Chandler Company of Indianapolis, created the "Chandler gyroscope", a toy gyroscope with a pull string and pedestal. Chandler continued to produce the toy until the company was purchased by TEDCO inc. in 1982. The chandler toy is still produced by TEDCO today.
 
ちなみに、イギリスの大手学術出版社ラウトレッジから刊行されている『アメリカン・ポップカルチャー 玩具&ゲーム辞典』にはこう書かれている──
 
Versions popular among children, available as educational toys since 1917, demonstrate the properties  of gyroscopes when balanced on a finger, the tip of a pencil, or a string. The Chandler Company has long made toy gyroscopes. Since 1982, Tedco (the “Toys of Discovery” manufacturer) of Hagerstown, Indiana, has produced them. (Frederick J. Augustyn Jr., “Dictionary of Toys and Games in American Popular Culture", Routledge, 2004)
 
どうやら米インディアナ州インディアナポリスのチャンドラー製作所が1917年から売り出した「チャンドラージャイロスコープ」が発祥ということらしい。
ジョン・H・チャンドラーが築き上げ、1982年テドコー社(現テドコートイズ社)に買収された後も、外観はほぼそのままに「テドコージャイロスコープ」として生産が引き継がれ、今日なお世界的なロングセラー商品として人気を博している。

ところで、2015年にやむなく生産を終えたタイガー商会の「地球ゴマ」が誕生したのは、今から96年前の1921年(大正10)である。チャンドラージャイロスコープが出てから4年後のことであった。ただ、これまで地球ゴマが日本史上で最古と思われたが、実はそれより11年前の1910年(明治43)に「活動コマ」なるものがすでに誕生していたことが分かった。
 
きっかけは2007年12月、玩具コレクターとしてつとに知られる北原照久氏がその活動コマを所有されているのをネットのインタビュー記事で知りえた。北原氏が地球ゴマだけで10個もコレクションされていることにまずもって感服、それほどまでに傾倒し愛着わく地球ゴマへの思い入れを熱っぽく語っている──
 
「地球ゴマは僕にとってSF的なもののひとつです。もちろん、これもコマですから、昔から郷土玩具として親しまれてきたおもちゃの仲間です。でも、宇宙を感じるデザインや、少し傾きながら回る様子など、僕にとってはSF的なんですよね」(朝日新聞社広告局「コレクション人生40年〜ときめきと情熱は今も健在」)。

北原氏によれば、活動コマは今から25年ほど前、東京・原宿の東郷神社で開かれていた骨董市で手に入れたとのこと。折しも北原氏が館長を務める横浜ブリキのおもちゃ博物館にその現物が展示されているというので見に行った(巻頭写真参照)。
実際に確認してみると、なんと驚いたことにチャンドラージャイロスコープ(下記写真参照)とほとんどウリ二つだった。細部にいくぶん違いは見られるものの、外観からは見分けがつかないほど。しかも取扱説明書にある遊び方の図例12種まで丸写しのようにそっくりだった。

 
外箱のふたに「実用新案登録 第一七一六六号」と書かれてあったので調べてみると、1910年(明治43)2月に「活動独楽」という名称で木村宗三郎なる人物が考案者として出願し、同年5月に正式登録されていた。添付してあった構造図からもジャイロスコープなのは間違いない。

そうこうするうちに新たな手がかりを見つけた。明治時代の新聞『毎日電報』1910年(明治43)4月17日付の紙面に活動コマの広告(下記画像参照)が掲載されていたのだ。それによると、製造発売元は東京都京橋区(現中央区)銀座通の京華社雑貨店というところで、以下の説明文が添えられている──

「活動独楽は最も教育に適切なる趣味多き玩具にして遊戯中諸種の実験をなすことを得るを以て一度弄べば興味従つて加はり飽くことを知らず而して科学的玩具としては回転、引力、回転物体の均衡、重心及び遠心力等の原理を示し天文学の研究としては地球の回転を容易に説明することを得即はち台上に回転せしむれば内部の輪は地球の日々の回転を示し独楽全体の一回転は一年に地球が太陽の周囲を一回転するを示すものなり」

広告には木製の台上で45度ジャイロ本体を傾けた構図のイラストもあり、これと同じイラストが活動コマの外箱にも見られる。
 
 
そうなると、タイガー商会より11年も前に一足早く日本でとうに製造販売を行っていたばかりか、世界最初のはずのチャンドラージャイロスコープより7年早く日本で誕生していたことになる。
 
先述したとおり、ジャイロスコープ玩具の発祥は1917年、米国のチャンドラージャイロスコープというのが広く一般的な定説となっている。それが正しければ、活動コマはチャンドラー製を輸入した舶来品か、その模造品かとも考えたが、しかし腑に落ちないのは、一人の日本人が考案者と名乗って日本で実用新案登録出願を行い、ついで製造販売も手がけていることだった。
 
通常、実用新案は「新規性」の要件を満たしていなければ登録できない。しかも明治期の実用新案は今と違って「審査主義」を採用していたので、登録要件を満たすかどうかの実体審査が厳正に行われていた。国内外で先行したものがあった場合、公知を理由に新規性がないとして登録が拒絶されたであろうことは想像に難くない。
とはいえ当時はまだインターネットが普及してなかったご時世、海外の文献を見落とすなど厳正な審査とはほど遠かったかもしれない。そうはいっても「罰則規定」もあったことから、わざわざ出願まで行い、公然と広告宣伝も仕掛けるのはかえってヤブヘビだろう。
 
すると、米国のジャイロスコープとはいったいどこでどう結びつくのだろうか? 帰するところ、チャンドラー製作所がいつから作り始めたかに焦点が絞られてくる。そこでさしあたってテドコートイズ社へ問い合わせてみると、返答は意外なものだった──
 
「われわれも何度か試みたが、正確な開始年を突きとめることはできなかった」
 
ちなみに、テドコートイズ社のオフィシャルサイトには以下のとおり記載されている──
 
Produced since 1917, the TEDCO gyroscope has been a classic educational toy for generations. (Original TEDCO Gyroscope, “Product Description”)
 
もっとも、テドコートイズ社は公式に「1917年以降」と明記してはいるものの、一方で「チャンドラー75周年記念エディション」なる金色の特別限定モデルを1987年に発売していることから、1912年という見方もできなくはない。
また、ケンタッキー州の日刊紙『クーリエ・ジャーナル』(1989年12月25日付)が伝えたAP通信の記事では、真偽のほどは定かでないが、以下のとおり1914年と報じている──

In 1914, Chandler Manufacturing Co. of Indianapolis produced some of the first toy gyroscopes. TEDCO bought Chandler in 1982 and took over production of the toy that seems to defy gravity. (The Courier-Journal, “Indiana company hopes children will gives its toys a spin”)

さらに調べていくと、インディアナ州の新聞『インディアナポリス・スター』(1918年2月8日付)および同州の新聞『インディアナポリス・ニュース』(1918年2月12日付)の両紙面に、雑貨店が売り出しているジャイロスコープの広告(下記画像参照)を見つけることができた。「The Wonderful Gyroscope」と銘打たれているが、チャンドラージャイロスコープの取扱説明書にもまったく同じフレーズが使われている。興味深いのは、そこに掲載されているイラストの一つが活動コマの広告(1910年4月17日付)および外箱にあるそれとあまりにも酷似していて、偶然というには奇妙な一致である。
 
 
これより前の広告には探しても見当たらないことから、米国での開始年は通史どおり1917年と考えるのがしごく妥当と思われる。どのみちどれを採用するにしても、時系列のうえでは活動コマの方が米国より先行していたことに変わりはない。
以上の考察から導き出される結論は、ざっとこうなるだろうか──
 
日本人が考案した活動コマは米国に先駆けて日本で一世を風靡した。そんな日本製ジャイロスコープが紆余曲折を経ながら米国製へと生まれ変わり、今なおバリバリの現役で大活躍していると。

そういう視座に立つと、円盤の幾何学模様が何とはなしに日本ならではの伝統的な「江戸の文様」にも思えてくる。日本が発祥とすれば、時代は違えども同じ道を歩む者としてこれほど感慨深いものはない。先人にならい、これからの励みにしたい。
 
 
(文責:鳥居賢司)
 
 
□初出:日本経済新聞朝刊文化面『ジャイロゴマは「日本生まれ」』(2017年5月4日付)

 


 
 
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